汎用リーマンがいく

団塊ジュニア世代。都内勤務の自他共に認める悲しき社畜です。サラリーマンの哀愁、世相、子供のことなど何でも楽しく語ります。

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ブラックを避け続けても成功はない

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この記事・・・昔楽天におられた方が、厳しいノルマに挫けそうになったとき、三木谷社長から発破をかけられて何とか目標を達成。そのときの「やり切った成功体験」が自分を成長させた。こんな趣旨なんですが、何せ「一日150件の電話営業」、「毎日終電」とか書いてあるもんですから、ブラックだとか、会社に使われているだけ、とか結構否定的なコメントが多いように思えます。

やり切った達成感や成功体験がビジネスマンにとって成長の糧になることを否定する人はあまりいないと思います。ただ、どうしても「やり切る」ためには多少の無理がかかってきますので、

その無理していることと「ブラック」は紙一重なんでしょうね。今の時代は「ブラック」の敷居がとても低いですからね・・・。

考えてみれば、古今東西、会社を興して成功している創業者は、勃興期には寝る間も惜しんで仕事をしていたんだと思うのです。本人が好きでやっているからそれでいいと言われればそれまでですが、創業者でなくても例えば、会社で成功して出世する人なんかも他人よりも無理をして努力しているように思えます。

月並みな言い方ですが、フリーであれ会社員であれ成功する人は、客観的に見れば多少「ブラック」レベルな努力をしている(していた時期もあった)のではないかとの仮説を持っています。

逆にいうと、何もブラックな時期がない人はおそらく全く成長しないのではないでしょうか?

(念のために申し上げておきますが、ここでいうブラックとは自主的なのか押し付けられたのかを問わず、寝る間を惜しんである仕事に没頭することを意味します。いわゆる「パワハラ、セクハラ」的なブラックは関係ありません。)

よって、これだけ世間が「ブラック」に敏感になると、どんどん過度の努力をする人が減っていき、益々ブラック的努力の結果成功した人との差が広がっていくように思えるのです。

難しい問題です。過度の努力でつぶれる人もたくさんいますから。それがいいこととも一概には言えません。

ただ、成功する人は誰もが通っている道だとも思うわけです。

そうだとすると、自分が成功できるかどうかは、まず自分が過度の努力に耐えられる人間かどうかを見極めるのがいいのでしょうね。

成功したいからと言って、向いていないことに邁進してしまったら、心身に支障をきたします。

今回の記事のコメントを読むと、「昔の武勇伝を語られても・・・」とか「旧世代の美談」とか言われていますが、今でも成功する人はそんな時期があるはずですよ。おそらく時代は関係ありません。

楽して誰もが成功できるような時代だけは永遠にこない。もちろん成功の定義によります。金や地位、名誉だけが成功ではありませんから。

ただ、金持ちや地位、名誉がある人を成功者と見做すのも古今東西変わらないと思いますが。

ではまた!今日もブログを読んでいただきありがとうございます。

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