汎用リーマンがいく

団塊ジュニア世代。都内勤務の自他共に認める悲しき社畜です。サラリーマンの哀愁、世相、子供のことなど何でも楽しく語ります。

スポンサーリンク

孤独死が皆んな孤独を感じていたのか疑問

スポンサーリンク



都会の雑踏にいる。仕方ない、東京の本社にいる社畜なのだから。当たり前だが、会社にはたくさんの人がいる。上司も同僚もお客さんもたくさん。

そしてウチに帰れば家族がいる。子供と奥さん。

実は社畜でありながら、仕事も家庭もなかなか楽しい。たぶん人より真面目に仕事をしていないのだろう。ブラック職場にいたときもお気楽職場にいたときも、それなりに楽しい。なんですかね、興味の向いている方向が変なのか。毎日夜遅くまで残業続きでも、肉体的にはこたえても精神的にはあまり痺れない。

家庭もそう。まあ、幸せ。普通に子供を可愛がり、勉強を教えて、たまに外食にでる。普通に幸せ。

でもなんか、フラッと遠出とかしたくなる。浮気とかは興味ないけど、フラッと羅臼にいって絶品海の幸を食べて帰るとか。

知り合いだれとも会話せず、見ず知らずの土地に行って濃密な時を過ごす。

40代半ばの厨二病だと思われても仕方ないですが、そんな欲望ないかな?

単身赴任したことある?あの何もない土日に知り合い誰とも会話せずに人生でやったことのない料理に没頭する。一日中散歩する。自分の数少ない趣味で時間を忘れる。

これはこれで素敵な時間。あの数年間は不思議な時間だった。

もしかしたら、人間はある程度ヒトリの時間がないとおかしくなってしまう生き物なのかな?自己洗脳がバッチリな人は四六時中知り合いの中でも平気かもしれないけど、本来そんなふうに出来ていないのかも。

けっこう孤独の定義が分からない。なんだろう、知り合いじゃなくても、ふとしたヒトの温もりとか、優しさとかに接するだけで、それが本質じゃなくても、ヒトはホッコリするのではないか?

そもそも本当の温もり、優しさかどうか見抜く力なんて普通ないし。

ヒトはなぜ生きるかみたいな問いかけが大昔からあるが、その答えは極めて簡単。

そりゃ生物なんだから「生きるために」生きるんです。

しかし、人間は悪戯に大脳を発達させてしまったもんだから、やたら倫理や道徳を説くようになってしまった。

それがヒトを縛り付ける。

まあ、それが大脳を鍛えたヒトの集団社会を発展させてしまったから仕方ない。

なんなんですかね、ヒトって?こう考える時点で大脳の奴隷になっているのかも。

もっと分かりやすく、楽しく、縛られず、さっぱりと生きる術はないものか。

孤独死した方の皆んなが皆んな不幸ではないのでは?そんなことを考えてしまう。

残業中にこんなことを考える社畜でした(^^)!

ではまた!今日もブログを読んでいただきありがとうございます。

↓押して頂けると励みになります(^ ^)

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

にほんブログ村 オヤジ日記ブログ 駄目オヤジへ
にほんブログ村

にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ 40代サラリーマンへ
にほんブログ村

スポンサーリンク