汎用リーマンがいく

団塊ジュニア世代。都内勤務の自他共に認める悲しき社畜です。サラリーマンの哀愁、世相、子供のことなど何でも楽しく語ります。

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【中学受験迷走記】人と比べる教育は止めるべき

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うちの子供は中学受験の塾に通っていますが、嫁がよく他人と比較して叱るんですよね。

「〇〇ちゃんみたいに勉強しないとダメよ!」

「××ちゃんは偏差値△だよ。追いつけるように頑張りなさい!」

嫁がそういう叱りかたをしたときは、「人と比べない方がいい」と言っています。どうしてもママ友の影響を受けてしまうのは分かるのですが、昔からそういう指導嫌いなんですよね・・・。

人と比べるって何かさもしくないですか?器の小さい人間になりそう。

人と比べて優越感に浸ったり、劣等感を抱いたりしても、結局「上を見ても、下を見てもきりがない」わけじゃないですか。近場だけで比較しても何にも意味がない。そんな小さい優越感なんてあっさり撃破されてしまうし、劣等感なんてマイナスの感情に苦しむだけで解決策にならない。ですので、人と比べるのではなく、「自分がどうしたいか」、「自分がどうありたいか」を中心に考える人になってほしいと考えているのです。

一方で、我々の住んでいる世界は、間違いなく競争社会じゃないですか。どれだけ綺麗ごとを言っても、誰かが受験に受かるということは、他の誰かが落ちているわけで、誰かが出世すれば、他の誰かは出世競争に敗れているわけで、結婚だって子孫繁栄競争じゃないですか。確かに、人より成績が良ければ、素直に嬉しいじゃないですか。同期で一番に出生すれば、それが嬉しくないと思う人は少ないと思う。そういう意味で、人と比べて優越感に浸りたいというのは、本能的なものかもしれませんね。

我々は相対評価の中で生きているのであり、常に人と競争しているので、一見、人と比べるのは正しいようにも思えますよね。

ただ、世の中が競争社会だからといって、生き方として人との比較を基軸に置くのは違うと思う。

よく韓国について“ゴールポストが動く国”と評されますが、それと同じで、まず前提として他人は絶対にコントロールできないじゃないですか。その、そもそもコントロールできない他人を比較対象に一喜一憂しても仕方ないじゃない。他人の成績、他人の出世、他人の結婚、こんなのコントロール不能です。

コントロールできいないものに頭を悩ますほどバカげたことはありません。

であれば、いっそのこと、他人の存在なんて忘れ、“自分がどうするべきか”、そこに集中した方がいい。

もちろん競争社会を否定しているわけではありません。ていうか、僕ごときが否定したところで、世界は競争社会です。

結果的には競争になるのは仕方ないのですが、心の持ちようとしては、まず自分自身が何を為すべきかというスタンスがいいと思っています。

ただ、これを子供に教えるのが難しいんですよね。。。偉人伝とかで洗脳しようかな 笑!

ではまた!今日もブログを読んでいただきありがとうございます。

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