汎用リーマンがいく

団塊ジュニア世代。都内勤務の自他共に認める悲しき社畜です。サラリーマンの哀愁、世相、子供のことなど何でも楽しく語ります。

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【新聞発行部数減】新聞が無くなって、やっと国民が目覚める

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新聞の発行部数が激減しています。この21年で1386万部の減で、なんとΔ25.8%とのことです。背景は言わずもがなですが、ネット・スマホの普及です。通勤電車で周りを観察しても、確かに紙の新聞を読んでいる人はあまり見かけませんよね。

新聞部数が一年で222万部減…ついに「本当の危機」がやってきた(磯山 友幸) | マネー現代 | 講談社(1/3)

そして、この記事では、「紙の死は、ジャーナリズムの死」と、なかなかすごい結びとなっています。つまり、優秀なジャーナリストは高給取りの新聞社で育った。紙の新聞がなくなると、原稿料の安いネットメディア中心となり、ジャーナリストを目指す人がいなくなるかも、ということです。

新聞記者は本当にジャーナリストなのか



僕は40代半ばですが、実は一度も新聞を取ったことがありません。しかし、会社で数年間“広報”という部署にいたことがあり、新聞と新聞記者には多少詳しくなりました。広報では、毎日ありとあらゆる新聞、雑誌に目を通し、マスコミの取材に同席し、記者会見もアレンジします。新聞記者と夜お付き合いすることも多々あります。深夜、記者と接待マージャンをしていたら、デスクから記者に電話がかかってきて、牌を握りながら記事を修正していたなんてこともありました(新聞の〆切は遅い)。

広報の経験がある方は分かると思いますが、基本、ほとんどの新聞記者の記事は、

・大枠で決まっているストーリーに沿って、

・適当に取材して、上っ面をなでただけです。

取材の仕方、記事の書き方を見ていれば分かります。だいたいの記者は客観的な分析なんてしていません。既にストーリーが決まっているので、取材もそのストーリーに沿った内容しか聞いてきません。そして結論ありきの記事を書くだけです。物事の本質に迫るなんてとんでもない。また、一般紙の記者は、2年ぐらいでローテーションしてしまいます。せっかく業界に詳しくなりかけたときにいなくなる。これじゃ、永遠に本質に迫ることなんてできません。

新聞はむしろ害



確かにネットもスマホも無かったころは、情報発信できるのは新聞などマスメディアだけでした。かつては“権力監視”という重要な任務を負っていたことも理解します。新聞、テレビが国民を代弁して、権力の腐敗を暴く!こんなミッションです。

ただね、新聞に主観的なコメントなんていらない。

あの社説やご意見は邪魔なんです。

事実を客観的に伝えるだけでいいのです。マスメディアは。

国民が考えなくなるじゃないですか?!活字は重いのです。新聞を読むと、みんな思考停止になってしまいます。

マスメディアは客観的事実のみを伝え、その情報を元に国民が自分で考える、これがあるべき姿では?ジャーナリズムは必要ない。客観的事実を元に個々が自分の力で考える。

そこに上から目線で国民を惑わすようなジャーナリストはいらないのです。

やっと国民が目覚める



ジャーナリストとかのノイズが消えることによって、やっと我々が自分の頭で情報を分析して発信する時代になってきたのではないでしょうか。今や玉石混交の情報取り放題です。そして、個人で情報の発信もやり放題です(これも玉石混交ですが。。。)。本当、ネット・スマホは偉大ですね。

これまで思考停止でマスコミの意見に従っていただけの人々(←僕も)が、自分の責任で情報を入手、分析、発信するのです。

ある意味、楽じゃなくなりました。でも何かワクワクしませんか。情報に対して、どのようにリアクションするのも、その人次第。こんなエキサイティングな時代はありません。

もう新聞が世論誘導できる時代じゃない。新聞が国民のお守りをする必要はもうない。

そう思いませんか?

ではまた。今日もブログを読んでいただき、ありがとうございます。



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