汎用リーマンがいく

団塊ジュニア世代。都内勤務の自他共に認める悲しき社畜です。サラリーマンの哀愁、世相、子供のことなど何でも楽しく語ります。

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部落差別を根絶するには、その事実を抹消すべき

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橋下徹 on Twitter: "https://t.co/XYGEwdsxmY @YahooNewsTopics 部落差別なんて戸籍を廃止すればすぐになくなる。社会生活で全く使わない「出生地」情報を記載させる戸籍を残して、差別をなくせ!と無駄なことをやっている。個人の特定は現住所で十分。法務省の戸籍と総務省のマイナンバーが重複。"

こんなツイートを読むと悲しくなりますね。未だにこんな「部落差別」が残っているなんて、日本人として恥ずかしい。一説には中世からこんな差別はあるらしいですが、現代の部落差別につながるような形が出来たのは近世以降らしい。つまり下克上の戦国時代から、世の中が安定し身分が固定してきたときに、民衆の不満のスケープゴートとして部落がつくられたとのことです。

出自、地域、職業などで差別するなんて、こういうのを見ると、

“歴史”なんて本当に下らないなぁ、と思います。“歴史の重み”は芸術などいいことばかりに使われるわけではないのです。この下らない部落差別がなくならないのも、大昔からの“歴史の重み”が人々に変な説得力を与えてしまっているからでしょう。

ちなみに僕は北海道人です。北海道には部落教育はありません(少なくとも僕の頃は)。当たり前です。北海道には「内地」のような歴史がないので、部落が形成されませんでした。就職して初めて、内地には部落教育があることを知りました。

よって、僕には、部落を差別するような感情もなければ知識もありません。例えば、自分の娘が部落の人と結婚したいと言っても、

全く問題ありません。というか、「で?」という感じです。人柄や収入(←親バカです)は気になりますが、出身地域なんて全く興味ありません。

これが真の意味の“差別がない状態”だと思っています。

そして差別を撲滅するためには、世の中を、この“真の意味の差別がない状態”まで持っていくべきだと思っています。

「あ、今のは差別表現だ!言わないようにしよう!」ではダメなのです。欧米っぽい、外ズラ「俺差別なんてしないぜ」です。

そもそも部落差別という知識、歴史自体を抹消するんです。

よく「歴史から学べ」という一見それっぽい意見もありますが、こと差別に関しては、

抹消するのが一番だと思っています。差別撲滅を声高に叫べば叫ぶほど、人々の心に差別とは言わないまでも区別する意識が芽生えると思うのです。しつこいですが、“知らない”状態が最強の差別対策だと思います。

橋下さんの言う、戸籍の廃止も“真の意味の差別がない状態”に持っていくにはとてもいい手段です。何せどこに住んでいたのか永遠に調べることが出来なくなるので。

差別も利権と言われます。既に差別で“飯を食っている人”がたくさんいるはずです。僕も新入社員の頃、「吊し上げにあう」から差別問題は気を付けろと上司から言われたのを覚えています。

人間食い扶持を失うことに対しては全力で抵抗します。これが差別がなくならない原因の一つかもしれません。

歴史教科書から一切その事実を抹消するんです。だれが困るんですか?

そりゃ教えなくなっても、しばらくは噂などで伝承されていくかもしれません。でも歴史が勝者に都合の良いようにつくられているように(=敗者の歴史は歪曲や抹消される)、資料などで引き継がれない限り、そんな差別があった事実なんてなくなりますよ。

繰り返しになりますが、僕は、幼少期から教わっていないので、一切の偏見が醸成されなかった。

“真の意味の差別がない状態”

是非この状態を目指したいです。例えば、見た目で違いが分かってしまう人種差別や女性蔑視などに比べれば、比較的解決しやすい差別だと思いませんか。

同じ日本人同士で。。。止めましょうよ、こんなこと。

ではまた。今日もブログを読んでいただき、ありがとうございます。



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