汎用リーマンがいく

団塊ジュニア世代、某旧帝大卒、都内勤務の適当・汎用サラリーマンです。社畜、社会、世相、娘の中学受験など何でも楽しく語ります。

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【世界平和】歴史を重んずるから世界平和が遠のくのでは?

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歴史の重みが常に正しいわけではないんですよね。分かっているようで、結構、歴史の重みだけで正当性があるように思ってしまうところがあります。

大昔は、違う国、地域同士の戦争なんて当たり前でした。ついこの前まで植民地支配が普通でした。それが第二次世界大戦以降、大きな戦争はなくなりました。ましてや領土争いの戦争なんて殆どお目にかかりません(経済的に領土争いが割りに合わなくなったことも理由でしょうが)。

差別もそうです。大昔には世界中に奴隷がいました。人身売買なんて当たり前。1600年代~1800年代には、アメリカに合法的な黒人奴隷がいました。女性の選挙権が認められたのだって歴史的に最近です。今や差別発言しようものなら、その人は社会的に抹殺されかねません。パワハラ・セクハラに対する社会的制裁は相当厳しいですよね。

大気汚染もそう。一昔前は誰も気にしなかった(人体に害がない限り)。それが世界中の国が集まって、地球環境保全を真剣に議論するようになっているのです。CO2削減だけではないですよね。マイクロプラスチック問題や絶滅危惧種の保護など国を超えて地球を守ろうとしています。

グローバリゼーションと無関係ではないですよね。確実に“世界は一つ”という方向に向かっています。

こう見ると、人間は、少しずつですが、確実に間違いを正してきています。“間違い”という言葉自体が価値観を含むので、立場や時代によって善悪は変わってきますが、例えば人種差別や女性蔑視が許される合理的理由なんてないわけで、

しっかりと世界は公平でフラットな方向に行っています。

“世界は一つ”になっていく。

歴史が正しいわけではないとすれば、今までの人種、文化、言葉などによる「括り」だって最適ではない可能性も十分にあり得ます。

そもそもなぜ人間は人種や文化や言葉という括りで国家を築いたか。

そりゃ、似た者同士の方が信頼関係を築きやすいからですよね。

インターネットが世界の情報を瞬時に共有可能にする。温暖化など“地球規模”の問題が山積している。

このことが、これまでの国家の枠を超えて、“世界を一つ”にするかもしれません。

案外、人種、文化、言葉は大した壁ではないかもしれませんよ。後から見ればね。

歴史の重みなんて、そんな深い意味はないのかも。歴史は、単なる「人間が間違いを正す過程」にすぎないみたいな。

月並みな言い方ですが、世界中の人が分かりあえるときがくると信じています。過去の間違いばかりに目を向けても仕方ない。

ではまた。今日もブログを読んでいただき、ありがとうございます。



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