汎用リーマンがいく

団塊ジュニア世代、某旧帝大卒、都内勤務の適当・汎用サラリーマンです。社畜、社会、世相、娘の中学受験など何でも楽しく語ります。

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「環境のせいにするな!」は、下らない根性論では?

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責任感ある部下に育成するために、よくこんな指導をしますよね。

「自責でものを考えろ」

「一人称で語れ」

「環境のせいにするな」

上の二つは偉いおっさんがよく言うじゃないですか。僕はひねくれているので、洗脳して給料以上のパフォーマンスを出させるのが狙いだろう!?とか思ってしまいますが、それはさておき、“自責”や“一人称”はいい言葉だと思います。決して他人のせいにはしない社風をつくることによって、社員みんなが、あたかも自分が経営者になったつもりで仕事に取組むようにするのです。人間どうしても「~と言われている」とか「~だと聞いている」みたいな言い方をしていると、他人事のように物事を考えがちになり、評論家っぽくなってきますよね。それを防ぐために、自責や一人称という言葉はとても有効です。

そしてもう一つ。「環境のせいにするな!」

これも偉いおっさんとかがよく言いますよね。本質的には、自責や一人称と同じで、要は他責で考えるな、ということなんですが。。。

ぶっちゃけ、環境のせいってあるでしょ!

例えばリーマンショックのときに多くの企業の業績が悪化したように、「環境」要因はどうしようもないこともあります。

一番分かりやすいのが「景気の変動」ですが、こんなの予測もできないし、不況の荒波から逃れられる会社、個人なんてほとんどいませんよ。

他には「需給バランス」のサイクル。だいたいどの業界でも同じだとは思いますが、需要が旺盛なマーケットには、有象無象のプレイヤーが入ってきて、受給バランスがぶっ壊れます。供給過剰になると、値崩れし、どの会社も儲からなくなります。そして撤退する企業も出てきてプレイヤーが減っていくなかで、需要がどんどん追いついてくるわけです。ここで初めて需給バランスがタイトになり、価格も上がり、儲かる企業が出てきます。このようなサイクルから逃れられる企業もいません。

まぁ、実際、どこからどこまでが「環境」のせいで、どこまでが「自責」か、はっきりと区分するのは難しいです。

ただ、難しいから「全部自責!」は、いささか乱暴な理屈じゃなですかね。「環境」という大きなウネリが原因なら、多少免責してあげないと酷だと思います。

何というか。。。気合・根性論が背景にありそうでイヤなんですよね。一見、全てを自責で考えるって“かっこよく”見えますが、ただ単によく分からないから、“どんぶり勘定”しているだけじゃないですか。

ではまた。今日もブログを読んでいただき、ありがとうございます。



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