汎用リーマンがいく

東京勤務の適当サラリーマン。鈍~く世相を語ります。団塊ジュニア世代、北海道出身。某旧帝大卒後、都内の一部上場企業に勤務。

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歴史を教えなければ、差別はなくなる

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昔、海外(他民族の国でした)に駐在していたころ、現地にて試行的に「360度評価」が実施されました。ローカルの部下が数名いましたが、コメント欄に書いてあることが、ほぼみんな同じで、

「〇〇さんは、ダイバーシティの勉強は全くしてないようだが、行動を見ていると見事にダイバーシティを実践している。」とありました。

これは僕にとってとても嬉しいことで、要は意識しないで多様性を尊重している、と言われているようなものです。自分でいうのもアレですが、「無意識の偏見」というのはありますが、「無意識の多様性尊重」はなかなか凄いことではないでしょうか。実は僕が「無意識の多様性尊重」になっているのは、様々な要因がありますが、一番大きな因子は僕の性格で、仕事上の関係の人に対しては、仕事上のパフォーマンス以外に興味がない、ことによります。つまり、様々な人種がいたり、男女の違いなどありますが、結局は仕事の関係なので、そこ以外の部分に興味がいっていないのです。よって、誰に対しても全く同じ態度で接しているうちに、結果的に外からはダイバーシティ尊重に見えたのです。

ただ、「興味がない」ことは差別撲滅には重要な要因だと思っていまして、要は知識を持ってしまうから、「興味を持ってしまい」、それが差別につながっていくのだと思うのです。もちろんみんながみんな興味を持ったことにより、差別意識を持つわけではありません。しかし、例えば、黒人奴隷の歴史を「知って」しまい「興味を持ってしまったら」、差別意識につながらない人であっても、それに興味を持ってしまった瞬間から、ある程度、黒人に対する見方が変わると思います。この「見方が変わる」人のうち、ある一定数が「差別」意識をもつのだと思います。(すみません心理学者や社会学者ではありませんが、感覚的にそうではないかと思います。)区別と差別は紙一重ではないでしょうか。

では、どうすればいいのか?「興味がない」状態にすればいいのです。

つまり「教えない」のです。

一切、差別に関わることを教えないのです。「これじゃあ、歴史自体が教えられないじゃないか!」というご意見もありそうですが、それなら歴史も教えなくたっていいじゃなですか。「人間は歴史に学ぶもの。歴史を教えないと、また世界大戦が起こるぞ」というご意見もありそうです。世界大戦が起きたって差別はなくならなかったのですよ!戦争も悲劇ですが、差別意識の方がより、人間の心の奥底にベタ~っとこびりついた諸悪の根源のように思えます。どうせ大した歴史じゃない(=政治の道具)んですから、いったん歴史をリセットしたっていいじゃないですか。また、よく考えれば、差別は歴史の産物という面もあります。歴史の重みは、差別の重み。この観点からみても、歴史って必要ないかもしれません。

差別問題が解決できれば、あとは最難関の貧富の差の問題です。これはある程度個人の頑張りの結果によるところもあるので、なかなか解消は難しそうですが。差別問題もない、貧富の差もない、こんな社会体制が実現できれば本当にハッピーですね。過去のブログで何度も言っていますが、差別をなくそう教育は、公の場では「〇〇〇(差別的な発言)」と言ってはいけません!、みたいな外ズラ訓練は上手ですが、みんなの「心の奥底から」差別意識をなくすにはどうすればいいか?に対応していません。最強の対策は、「教えないこと」だと確信していますが。。。教科書から削除すれば、3代目ぐらいで「なかったこと」になりますよ。「なかったこと」に勝る差別解消はないはず。

ではまた(^^♪

今日もブログを読んでいただき、ありがとうございます。



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