汎用リーマンがいく

団塊ジュニア世代、某旧帝大卒、都内勤務の適当・汎用サラリーマンです。社畜、社会、世相、娘の中学受験など何でも楽しく語ります。

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なぜ老人を”敬う”のか

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先日、ある老人会の電車「席取り」問題が物議を醸しましたが、そもそもなぜ老人を敬う必要があるのでしょうか。合理的に考えれば、働くこともできなくなった社会的に役に立たない老人を敬う必要性はないとも考えられます。本日は、敬老という一見「当たり前」だと思われるこのテーマについてお話ししたいと思います。

多くの国で敬老の日がある

日本には「敬老の日」という国民の祝日があります。9月の第3月曜ですが、実は多くの国で同趣旨の日が制定されています。

アメリカ:祖父母の日(カナダにもある)

中国:高齢者の日

韓国:老人の日

ポーランド:祖父母の日

フランス:おじいちゃん、おばあちゃんの日

国連:国際高齢者デー

やはり老人を敬うべし、は世界共通のようです。

老人を敬う目的

日本が敬老の日を設けた趣旨は、「長年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ということです。国連の国際高齢者デーの趣旨は、「高齢者の権利や高齢者虐待撲滅などの意識向上のため」です。これらから老人を敬わなければいけない理由が2つほど見えてきます。

①長年の社会への貢献に対するお礼

②老人への虐待防止

②については、分かりやすい。児童虐待と同じですね。誰もが長生きすれば老人になり、必ず肉体的に衰える。自分が老人になったときに、虐待されては堪らないので、老人を敬う社会をつくろうというコンセンサスが働く。①が難しい。企業が長年勤続してきた社員に賞をあげるような感覚でしょうか。この趣旨からすると、社会に尽くしていない老人は敬う必要がなくなります。確かに、僕なんかは電車で老人に席を譲るとき、相手にその資格があるかどうかを一瞬考えてしまいます。端的に言うと、嫌な奴には譲りたくない。ただ、これは②の趣旨からすれば席を譲るべきなんでしょうね。

まとめ

結局のところ、なぜ老人を敬うのかという命題については、先ほどのとおり、社会貢献説と虐待防止説の二つの説がありそうです。ただ、よく考えると「虐待防止説」のほうは、老人を“敬う”のではなく、“守る”という意味合いが強いですよね。極端にいえば、別に敬っていなくたって、社会的弱者を守ることができますもの。そうなると、なぜ老人を“敬う”のかの答えは、長年社会に尽くしたから、が答えになるのでしょうか。

一般的には「社会に尽くす」は、ボランティア活動などの社会貢献を指すことが多いのですが、ここでいう「社会に尽くす」はもっと広い意味でしょう。抽象的ですが、人間長生きしていれば、たくさんの人と接することになり、知らず知らずのうちに何か人に対して善い行いをしているはずです(もちろん悪い行いもしているはずですが。。。)。そうであるならば、長生き=善と理解できます。何も紫綬褒章みたいな立派なものをとる必要はないのです。長生きさえしていれば、十分敬うのに値する人間だということ。

この理解で合っていますかね?このような当たり前の問いは本当に難しい。「なぜ自殺はいけないのか?」みたいなレベルです。

ではまた。

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