汎用リーマンがいく

東京勤務の適当サラリーマン。鈍~く世相を語ります。団塊ジュニア世代、北海道出身。某旧帝大卒後、都内の一部上場企業に勤務。

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【介護問題】親を捨てる子供は非情なのか

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おはようございます。ヒロンです。

今日は一転暖かいです@神奈川。

昨日の雪は何だったのでしょうか??

この頃の天気はよく分かりませんね。。。

さて、

今回はちょっと過激なタイトルですが、これから超高齢化社会が進んでいくなかで、介護問題は、日本人にとって非常に重いテーマだと思います。

介護問題とは

介護にはさまざまな課題があると思いますが、結論からいうと、十分に裕福な家庭では介護はそれほど大きな問題ではないと考えています。

もちろん痴ほうになっていく親を見るのはつらいとか、なかなか施設に入ってくれないとか、いろいろ問題はあると思いますが、人手不足とはいえ介護サービスや裕福層向けの介護施設があります。

お金が全てを解決してくれるでしょう。

そのような例外層は置いておき、

ニュースでよくみる、老老介護問題、介護疲れ殺人、介護離職からの生活困窮、これらの問題はこれからどんどん大きくなっていくのは確実です(人口構成は分かっているので)。

今から三年後には、団塊ジュニア世代(僕世代)が50代に突入し、大量の団塊世代の親を介護しなければいけなくなります。

そして、このままでは介護離職が大量に発生します。

この問題は、個人としては、会社を辞めてしまうので収入が断たれ、生活が困窮してしまうという大問題がありますが、日本全体としても、一番脂の乗った世代が大量に会社を去ってしまうので、日本経済に悪影響が出るのは確実です。



その最悪の結末として、介護疲れ殺人があります。長年の介護により精神的にも経済的にも限界になり、残念なことに、殺してしまうしか方法がなくなってしまうのです。

まさに、“共倒れ”です。

そして、2024年には、日本の人口の3人に1人が65歳以上になります。

つまりこれら大問題が本格化するのはこれからなのです。

共倒れを許容する社会はおかしい

親の介護は時として美談に語られることがあります。

また、介護疲れ殺人についても、ニュースの論調では、加害者に同情的になり、しばしば、長年介護していたことを美談としてコメントします。

そりゃそうです。みんな最後は介護される身になるのですから。介護拒否の世の中になっては困ります。

ただ、

“共倒れ“してまで介護するのは明らかにおかしいです。

民法上も経済的に困窮してまで扶養義務を果たせとはなっていません。

“共倒れ”するぐらいなら、その前に親を見捨てるべきだと思います。

去っていく者とこれから未来を築く者。どちらが大事か誰だって分かりますよね?

進化論的にも、日本の将来の為にも。

倫理的に間違っているというのなら、せめて、

親の最低限の義務として、自分の介護にかかる費用は自分で賄うこと、

という、倫理規範がほしいです。

それができなければ「親失格」、「恥」だと世間が認知するぐらいに。

時代的にも余裕のない子の世代に頼ってどうする?って感じです。

それができない親は、子供のために自分から去るべきです。

直観的になんか悲しい考え方だと思られるかもしれませんが、僕は“共倒れ”よりマシだと考えます。

苦しみながら親の介護をすることが美談になるような社会は健全だとは思えません。

ではまた。

皆さん、本日もブログを読んでいただきありがとうございます。

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