汎用リーマンがいく

東京勤務の汎用適当サラリーマン。団塊ジュニア世代。都内の一部上場企業に勤務。日々の出来事、疑問、趣味など雑多に語ります。

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教職志望者減~いじめは先生の責任ではない~

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こんばんは。ヒロンです。

会議続きで全くブログを書く時間がありませんでした。

会議って本当疲れますよね。自分が主体でなくても。

いろいろな人の思念が入り乱れるからですかね。会議が続くとグッタリになりますわ。

さて、

教職を志望する人が減っているそうです。

・17年教員採用試験受験者数:対前年2.6%減

・私立大学教員系志望倍率:13年14.9倍→17年11.5倍

原因は、よくニュースにも出ていますので有名ですよね。

そうです。ブラックだからです!



文科省の16年度調査によると、公立中の60%、公立小の30%が「過労死ライン」を超えて仕事をしているらしい。

普段の授業に加え、子供の不登校やいじめの問題対応、事務仕事の増加、部活の顧問業務など超過酷な労働環境です。

景気が上向いているいま、教職をやりたい人が減るのは無理ありません。

そして、学校の先生は、数学などのお勉強だけではなく、子供の人格の完成を目指した躾もしなければいけません。

と、教育基本法に書いています。

第1条(教育の目的) 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

第1条 (教育の目的) :文部科学省



特に小中学校は人格形成に非常に大事な時期です。子供の個性を伸ばし、人間性豊かに育つように指導することも教師の大きな役割らしいです。

こんなに社会的責任を負わされては、やってられませんよ。

僕は会社に対して自分の担当部分の収益責任を負っていますが、学校の先生は子供たちの人格形成責任を負っているのですよ。

ある職業に負わせるには、あまりに重すぎないですか!?

しかも赤の他人に負わせるべき種類のものではないですよね。

子供の人格形成責任は、親の責任です。

躾(箸の持ち方、挨拶、一般常識、人との接し方)は親の責任です。



そして、数学など学問を教えるのが先生の責任です。

純粋に学問を教えるのが役割であるべきです。

躾と学業は、完全に分業すべき。

個の職業に人格形成責任は重すぎます。

それは血のつながった親の責任だと考えます。(つながっていない親でも)

博報堂の調査によると、子供の躾は親の責任だと思う人が2016年は83.5%だったそうです。

みんな分かっているのです。が、

僕が何を言いたいかと言うと、

いじめって先生の責任だと思いますか?

躾は親、勉強が先生 というふうに明確に役割を分けると、おのずと分かると思うのですが。

いじめは学校の責任ではなく、その本人及び親の責任であるべきではないですか?

学校は、学業を教えるためだけの場所です。便宜上、教室という箱でやっているだけ。

そこで起こるいじめなど学業以外の問題は、本質的に親の躾の結果でしょう。

普通に刑事事件です。単なる。

学校や先生のせいにする親が責任転嫁にしか見えないのです。

ではまた。

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