汎用リーマンがいく

某旧帝大卒、一部上場企業勤務のその辺にいるサラリーマンです。何でも語りますが、小学生の娘が中学受験の塾に通いだし、最近、自分とは無縁だった中学受験にハマりだしています。

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#MeTooに対する違和感の正体

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おはようございます。ヒロンです。

モンハンワールド頑張ってますが、土日しかできないので、なかなか進みません。

やっとHR解放しました!これからが本番です(^_^)

のんびりやります♪

さて、今朝、小島慶子さんのこの記事を読みました。

MeToo が嫌いなあなたへ https://www.buzzfeed.com/jp/keikokojima/metoo-ga-kirai-na-anata?utm_term=.qkwy2Bkqw



言っている内容は素晴らしく、とても共感できるのですが、なぜか違和感を感じていまうのです。

なかなか言葉にするのは難しいのですが、今日はそのあたりの違和感の正体についてお話ししたいと思います。

ただ、これはこの記事に対してではなく、最近#MeToo運動がセクハラ反対運動から何か思想的なものに変質してきている動きに対する違和感かもしれません。



人間が生物だということを忘れてないか?

僕の考えすぎかもしれませんが、最近のこの手の論調では、女性を性的な対象としてみること自体が悪だと言われてるように感じます。

人間は、生物です。 発情期のない人類は、性欲がないと絶滅します。あたりまえですが、魅力的な異性に会えば、性的な衝動が生まれます。 これは、プライベートだろうが職場など公の場だろうが同じです。 あくまでセクハラがダメなのであって、このような性的な衝動自体を否定(否定でなくても、汚らわしとか思うだけでも)することは、我々が生物であることの否定になります。

また、変な例えですが、僕が今、会社で圧倒的に優位な立場で、めちゃくちゃ魅力的な女性に会っても絶対セクハラはしません。

それは僕が立派な人間なのではなく、社会的制裁を考えると割に合わないと考えるだけです。

僕が中国の皇帝という立場で会えば、展開は全然違います(具体的な行動は言いません)。

そういう意味でセクハラNGが、人類として普遍的なものとは思っていません。

時代の要請だと思います。

人類の歴史を考えるべき

人類は、狩猟生活時代から、肉体的に強い男性が狩りに行き、栄養価が高く貴重な肉を手に入れる役割を担ってきました。

また、歴史上、権力者はほとんど男性です。

たまに女性の権力者がいましたが、だいたい男性の権力者の妻とか子供というパターン。

この事実をもとに「だから男性が女性にセクハラするのは仕方ないじゃん!」とか「男性の方が偉いんだ」とか言いたいのではありません。

本気でセクハラNGの社会にしようと思うならば、なぜ男性優位の歴史だったのかを考えないといけないと思っているのです。

頭でっかちに理想だけ語りセクハラNGを叫んでも、たぶん男性は、「今は分が悪い。従っておこう。」ぐらいにしか考えない。

なぜこういう世界になったのか?を分析しないと。

これからどんな世界になっていくのか

女性がどんどん社会進出していくので、この流れは変わらないでしょう。

ただ、途上国や戦争など極限状態では、相変わらず女性の立場が弱いことを考えると、

#MeTooは、極めて文化的、文明的な活動

と、言えそうです。

確かに、『人体 600万年史』を読むと、ネアンデルタール人が滅んで、我々ホモ・サピエンスが勝ち残った要因は、我々の文化的進化だと言っています。

創造性、イノベーションです。

人類が文化的に進化していくのはいいのですが、生物であることをどんどん否定していく思想が広まると。。。

どうなりますかね。

全体的には理想的ないい社会になるのかもしれませんが、動物的に息苦しいかもしれません。

そのうち世界各国の経済が発展してくると、文化的にも『進化』します。

するとやはり先進国のように、このような運動がさかんになってきます。世界中で。



いまはまだ世界人口は増加していますが、これから世界的に少子化に転ずるかもしれませんね。

あまり言いたくありませんが、少子化と女性の立場って相関ありませんか?



人類が滅亡しなければいいのですが。

もちろん、セクハラ含めて、『自分がやられて嫌なことは、相手にしてはいけない』ですよね!

ではまた。

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